結局あの後屋敷に戻ってから、メイド長のタナハに衣装がどうだ会場の準備がこうだと喚きたてられ、パーティー当日まで落ち着ける時間はほとんどなかった。
「リック、あちらに公爵負債がいらっしゃる。ご挨拶に行くぞ」
「はい、父上」
パーティー当日を迎えても落ち着けるわけはなく、こうして父上と挨拶回りにおわれている。
成人とみなされる15になったら、父上の仕事を本格的に手伝うと以前から決めていた。そのためにも、今日という日にこうして父上のお知り合いと挨拶を交わすことは、
今後のことを考えればとても重要なことであるということは理解している。
だが、パーティーが始まってからずっとこの調子で挨拶回りをし続けているのもさすがに疲れる。マイクとウィルは来てはいるものの、一言二言話しただけだ。クレアの場合は
まだ姿さえ見ていない。
「なんだリック、ぼけっとするな」
「は、はい。すみません父上」
すぐに返事をしたものの、父上は俺のことを厳しい目でじっと見てくる。怒られるかと思い少し身構えたが、すぐに父上は苦笑して、
「さすがに疲れたか。パーティーが始まってからずっと挨拶回りを続けていたからな。…ここで一旦終わりにしよう。お前の誕生パーティーだ、友人たちに会ってくるといい」
「はい。ありがとうございます父上」
「挨拶がまだの方にはまた後で会いに行くことにしよう。楽しみなさい」
「はい」
父上は給仕の者からシャンパンの入ったグラスを受け取りながら、パーティー会場の人ごみの中にまぎれていった。
俺はほっと息をついて肩の力を抜いた。父上といるときはいつも緊張してしまう。
「リック!」
「クレア、来てたんだな」
名前を呼ばれて振り向くと、クレアが立っていた。長い金髪を細やかな銀細工の髪飾りでハーフアップにまとめ、薄紅色のふんわりとした素材の可愛らしいドレスに身を
包んでいる。首にかかるネックレスはクレアがいつも身につけているものだ。
「もちろん来てたわよ。でもリック、おじさまと一緒に忙しそうに動き回ってたから」
「話しかけにくかった?」
「まぁね。大人になるって大変ね。私はあと1年猶予があるからいいけど」
そう言ってクレアが意地悪そうに笑った。
「1年なんてあっという間さ。すぐにクレアも大人として振舞わなければいけなくなる」
「面倒ね。ずっとこのまま奔放に遊びまわっていたいわ。それなのに最近結婚の話が少しずつ出始めてて嫌になっちゃう」
「え、そうなのか?」
そんなことは初耳だ。婚約者がまだいないことは知っていたが、たしかにクレアもあと1年すれば成人だ。貴族の娘という立場にいる以上、結婚はその家にとって重要な
ものになる。普通の人のように自分の好きな人と、というわけにはいかないものだ。
「そうなのよ。お父様がいろんな家の方と会わせようとするのよ。なんだか魂胆見え見えってかんじでしょ?結婚相手くらい自分で決めるわよ」
「自分で決める、って。なんだ、クレア好きなやつでもいるのか」
「ん?あぁ…まぁ、ね」
クレアはそう言って照れくさそうに俺から視線を外した。クレアに好きな男がいるなんて話も初耳だ。マイクやウィルと一緒にいるときもクレアがそんな話をしたことはない。
「ねぇ、私の話はいいでしょ?今日はリックが主役なんだから」
「え、あぁ。まぁそうだけど」
そのときだった。会場の一部からざわめきが聞こえてきた。主に女性の声だ。
「なんだ?」
「誰か高貴な方でもお見えになったんじゃない?…あぁほら、姿が見えそうよ」
群がる女性たちの間からひとりの青年が姿を現した。
「おい、あいつ…っ!」
その青年は透けるような金色の少し長い髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳を持ち、端正な顔立ちをしている。
間違いなく、5年前に出会った義賊の男だった。
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