わたしはこれから彼を殺します


(なんてナンセンス、)
リアリティのない台詞を妙に浮き足立った乾いた笑いで無視した。



大好きな彼の誕生日に、ケーキを作りました。
甘さをひかえた見るからにおいしそうないちごのケーキです。
隠し味もちゃあんと入っています。
ケーキにスパイスを効かせてさらに、純白さを彩るためにたっぷり入れました。

隠し味の名前は何を隠そう



【漂白剤/ひょうはくざい】
※危険!絶対に飲み込まないでください。万が一飲み込んだ場合はすぐに病院へ行ってください。



です(はーーーと)



今日彼は家に帰ったら、
まず真っ白なテーブルクロスの上のケーキに気づいて、私からの手紙にふふふと笑って
あのあたたかい愛おしい口いっぱいに、漂白剤入りのケーキを頬張るのでしょう。
そのまま泡を噴いて死ぬのでしょう。
ねえ生まれた日に死ぬなんて、なんて残酷なんだろう。


(それが)
(わたしの)
(あなたへの最後のプレゼントで)
(最後の愛のかたちです、)


260回目の夜がきて、
254回、目を腫らしました。


それでもあなたは約束を破ったのです、
バッグの中には可愛くラッピングされたかっこいいネクタイ。
本当はこれをプレゼントするはずだったのに

(もうとおぅい、昔のことみたい)




とにかく彼は約束を守らない人だった。
デートをドタキャンなんてざらだったし、大事な記念日だって忘れられた。
もちろん私の誕生日だって例に漏れず、
あなたは私との約束を破ってお仕事に勤しみましたとさ。


300回目の朝がきて
301回目のキスを忘れられたわたしは

わたしは、彼を殺すことにしたのだった。



彼のために愛を込めてハート型のケーキを焼いた。
ふんわり焼きあがったスポンジに漂白剤をたっぷり投入した生クリーム
これでもかと塗りたくった。

クリームが散る、とぶ、私の目から涙が散る、とぶ、彼への気持ちも全部
わすれて、忘れたい、でも、

きらい?   ううん、


好きで好きで好きで好きで
だからおんなじぐらい嫌いで嫌いで嫌いで



玄関のドアを後ろ手に閉めて、
数十分後に彼が上るであろうアパートの階段をトントンと降りる。





日暮れの道は、やわらかくてあたたかくて、
すれ違う散歩中の犬は舌を出して幸せそうにへらりと笑っていた。
(彼の命日になるにはきっと相応しい)




(あれを本当に彼が食べたら)


(彼は私の前から消えちゃうんだ、)


(いなくなってもう二度と会えない)





(その声も体温も、二度と)



心臓がとくんと鳴った。





「〜〜〜〜〜〜っバカ!」





にじんだ夕日に背を向けて一気にもと来た道を駆け戻る。


「、」


(お願いおねがい、間に合って)
(しんじゃいや、死んじゃやだよ、)



(どんなに約束破ってもいい)
(もうこんなことしないから)
(かみさまお願い)
(彼と一緒にいさせてください)

(、もうこんなことしないから)




アパートの階段を駆け上る
ドアノブに手をかけると案の定カギがかかっていない
彼はもう帰ってきてしまったのだ、


リビングに滑り込めば、ソファで優雅に足を組む彼の姿。



「、なんで、なんでっ?」
「・・・・・なんでって」
「なんでケーキ、たべて ない」
「・・・あのなー」


不機嫌そうな彼の顔を見つめたまま、私は目の前の光景が信じられない。


「ケーキ、あ・り・が・と・な」
「・・・なんでわかったの」
「ばっかお前、あんだけ薬の臭いすれば誰だってわかるし」
「、あ、におい、かあ」
「・・・そんなに」
「うん」
「そんなに俺のこと嫌いだったの」
「え」
「、誕生日に、殺したいくらい」


彼の手がぎゅっと私の手を握る。(、あ)
そのおっきな手に触るのは何ヶ月ぶりだったんだろう。(そうか)
私よりずっと大きくて、私よりなんでも掴めるはずのその手は(わたし)
すこしだけ震えていた(ただこの人に)



(そばにいてほしかっただけなんだ)



「なあ」


「ごめん、謝るから、何回でも、謝るから」


いつもよりずっと弱々しくて格好わるいその声が
今までのどんな彼よりいとしくて、大事に思った。


「、殺さないでよ」
「・・・殺しちゃうほど、愛してたんだよ」
「なんだ、それ・・」
「ごめんね、ただね、そばにいてほしかっただけなの」



えへへと笑うと情けなく苦笑した彼の笑顔が見えて
私はなんだか涙が止まらなくなった。
死んじゃえなんて、おもってなかったよ。ごめんね、ごめん。
ただ大好きだっただけ、それだけだったの。


「誕生日、おめでとう!生きててよかった〜」
「お前がいうな!」



白いテーブルクロスにはくしゃくしゃになったプレゼントのネクタイ。
隣には例の毒入りのケーキ。

噛み砕いたら天国へ行けるほどの
愛をたくさんトッピング。